2021.08.15
 
私は昭和43年(1968年)に横浜に住み始めた。勤務地が名古屋から東京にかわったからである。結局その後転勤がなく、横浜に住み続けた。横浜市内で神奈川区、金沢区と移動し、最終の中区に住みついたのは昭和57年(1982年)である。そして昨年令和2年(2020年)5月に徳島へ戻るまで、52年間を横浜で暮らし、大半の38年を中区で過ごした。敷地はほぼ300㎡だったが裏側70㎡ほどはせり上がりの傾斜地だった。これは横浜そのものが坂の町なのである。

その裏側傾斜地は南東向きで、居住はできなかったが、草木にとって絶好の環境だった。雑草を含めすべてがよく育った。
スダチは徳島県人の本能で、この地へ来るとすぐに苗を植えた。それがどんどん育ち、自宅だけでは処理できぬ実をつけた。



ご近所に配り会社で配り、それでも処理できなかった。3分の1は小鳥の餌になった。それはそれで好ましいことだった。
11月になるとスダチは温州ミカンのように黄色くなり皮も柔らかくなった。それを待っていて、小鳥が突っつきはじめる。同時に落果も始まるのだった。もったいないので、高所は小鳥に残し、全部をとりこんだ。娘がそれをジャムにした。おだやかな、しかし蜜柑でなくスダチとわかる、上品なジャムだった。娘はそれでロールケーキを作った。



その頃はまだ「お菓子屋」さんになろうとは考えていなかっただろう。
徳島への家族移住を決めたとき、このスダチを持っていけないかと娘はいった。
このロールケーキを店に出したい。店に出せるように仕上げたいと。
娘は勤めをやめ、製菓学校への入学を決めていた。

私たちのスダチは、大きくなりすぎていた。移植は不可能だとこたえた。
しかし娘には、このスダチでなければならなかった。
スダチにもいろいろ品種があった。私はせめて同一品種のスダチを使おうと思った。

徳島県の[農林水産総合技術支援センター]へ相談のメールを入れた。
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件名: スダチの品種について
日付: 2021年7月18日
突然のメールで失礼致します。
野村と申します。(詳細は末尾に記載致します)
昨年5月に徳島に戻ってきました。52年間、横浜に住んでおりました。
来年、娘が合流してくれ、スダチをつかったお菓子に取り組む予定です。
計画しているスダチ原料は旬の青いものでなく、黄色くなった、限りなく温州ミカンに近づいたものです。小鳥がつっつく直前、です。
私は横浜の家にスダチを1本持っていました。徳島県人の本能と言えるでしょう。
苗を買ったのですが、いつか大木になりました。傾斜地の日当たり抜群の場所で、毎年、ほったらかしで食べきれぬほど実ってくれました。会社やご近所に配り、小鳥にもいっぱい残し、それでも皮のやわらかい「ミカン」がいっぱいなりました。それでケーキを作ったところ、おいしかったのです。それを追及してみようと思います。
という前置きで、以下がお問い合わせですが、そのスダチの「品種」が、わかりません
横浜から移植するには大きくなりすぎました。
棘のいっぱいあるスダチです。できれば同じ品種を使いたいのです。
来週、横浜へ行きます。
その際にそのスダチの枝を切ってきて、貴所のどなたかに見ていただければ、品種を教えて頂くことが、可能でしょうか?
もし可能ならば「枝・葉」をもってお伺いできるのが27日(火)、あるいはそれ以降でございます。
よろしくお願い申し上げます。
(住所・氏名・電話番号・メールアドレス)
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[技術支援センター]から電話をいただいた。それは、「品種を特定するのはむずかしい。ただそのスダチにそれだけの愛着とこだわりがあるなら、接ぎ木という方法があります。なんなら接ぎ木してあげますから、枝を持って来なさい」ということだった。そして穂木の取り方、保管・持ち運びの仕方を、親切に教えて下さった。私は徳島へ戻る朝、スダチの若枝を数本採取し、濡れタオルに包んでクーラーボックスに入れた。



26日夜徳島へ戻った。
翌27日11時の約束だった。しかし想定より早く1時間で着いてしまった。10時だった。電話を入れると、いいですよ、来て下さいとのことだった。事務所は2階だったが1階入口で迎えて下さり、そのまま作業場まで連れて行って下さった。台木を2本用意された。カラタチですか?と訊ねると、そうです、ほとんど全部カラタチを使いますとのことだった。
私はすばやく道具を撮影した。




私は枝そのものを使うと思っていたが、使うのは「芽」だけだった。その意味では用意した芽は数10芽あった。そのうちの4芽が使われた。








スダチの接ぎ木には、「時季がひと月ほど早い」と言われた。8月中旬から9月中旬が適期のようである。もしうまくつかなければ、連絡しなさい、と言って下さった。「10日ほどこの芽が茶色くならず緑のままだったら、成功です」とおっしゃった。(以上の言葉は大意はその通りと思うが、私は難聴故に、8月中旬から9月中旬が8月下旬から9月中だったのか、10日間が1週間または2週間だったのか、あやふやである)
「日陰がいいのでしょうか」
「いや、日当たりのいい場所へ置いて下さい」、「2日か3日に1度、たっぷり水をやって下さい」
そして、
「大きい鉢に植えかえるか、土地に植えなさい。その際は今の土を崩さないように」
「巻いたテープはそのままで大丈夫です。新芽は突き破って出ます」
私は驚いた。これは来春、その時季になれば、あらためて確認、教えて頂こう。

私は深くお辞儀して、喜びとともに「スダチ君」を車に乗せた。


  徳島県立農林水産総合技術支援センター


2021/08/02
農林水産総合技術支援センターへの「報告」
先月27日にお伺い致しました野村でございます。
横浜にあるスダチを、接いでいただきました。勝手なお願いをきいて下さり、誠にありがとうございました。感謝とともに大変な勉強になりました。
丁度1週間を経過致しましたので、現状をご報告申し上げます。
芽の色は2本とも緑をキープしていると存じます。
更に1週間余後、10日頃、ご報告申し上げます。

日付: 2021年8月10日の「報告」
野村でございます。
先月27日に接ぎ木していただいて、丁度2週間が過ぎました。
現状をご報告申し上げます。
このように接ぎ芽は2本(4芽)ともグリーンを保っています。 
お教えいた日数からして、おそらく「ついた」のだろうと思います。
1両日中に、1つは大きい鉢に、1つは路地に、植えようと思います。
そして来春、新しい芽が吹き始めたら、ご報告とともに最終段階の作業を、お教え賜りたいと存じます。ご連絡の上、できればお伺いさせていただければと存じます。
成功しているようで、とても嬉しいです。
横浜から連れて帰りました!




(8月11日)


技術支援センターへ報告した翌日、8月11日、鉢に移植した。1本は地植えしようと思ったが、大きくなった姿を考えるといま住む土地にその場所がなかった。800m離れた同じ町内に土地を確保してある。来秋、[Sweets Ai 菓子工房]を作ろうと思っている。そこには今何もない。配置はこれから検討できるし、作る菓子が[すだちロールケーキ]なら、シンボルツリーとしてもふさわしい。であるならば、今は鉢で育てるのが適当だと判断した。(翌日12日から4日間、雨が続いた。ほぼ小雨だったが降り続き、総雨量は相当のものになっただろう)

このスダチが店に使えるほどに育つのを私が見ることができるかどうか。
いずれにせよ当初は、そして原料保全のためにも、ずっと、「スダチ農家」とはつながらなくてはならない。そのときは同じ「樹」を、探すことになる。(私は「JA東とくしま」の準組合員である)
ひょっとすればうちのものより、目的にふさわしい樹に巡りあうかもしれない。それも「出会い」である。もしそうなったとしても、この横浜スダチの2本は、うちのシンボルとして育ってくれるだろう。

徳島新聞6月29日に下の記事がある。
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[県内スダチ生産半減 01年8430トンから19年4156トンに 高齢化・担い手不足が影響]
https://www.topics.or.jp/articles/-/550736
・19年は、01年から50.7%減となった。20年のデータはまだ公表されていない。栽培面積は00年以降、ほぼ前年を下回る状態となっており、19年は382ヘクタールで、00年(595ヘクタール)から35.8%減少している。
・農家の大きな負担となっているのが、実を太らせ、色づきを良くするために余分な実や葉を取り除く摘果・摘葉作業だ。6月末からお盆前にかけて行われ、お盆前から9月まで収穫に追われる。暑さが厳しい3カ月ほどの期間に作業が集中する。
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娘が作ろうとしている「すだちジャム」、そして「すだちロールケーキ」は、この作業がほぼ不要である。実際にわが家では「ほったらかし」だった。摘果・摘葉など、したことがない。立地が傾斜地で、踏み台や梯子を危険で使えなかったのである。それにもちろん「横着」があった。この時季、外での作業はしたくなかった。私はどのように寒い冬も、夏を思えば耐えられる。
スダチは自由に生い茂り、枝を伸ばした。収穫は「摘む」というものでなくノコギリで枝を切り落とし、どさっと落ちたのを地上でさばいた。荒っぽいやり方だがそれでも翌年は同じ以上の枝を伸ばし実をつけた。
うちの「すだちジャム」が市場の評価を得るならば、少しはスダチ農家の真夏の労働を緩和できるかな、などと夢想する。(どう考えても微量だから、夢想にすぎないが)

娘の計画している「すだちロールケーキ」は、正確には「すだちジャムと生クリームのロールケーキ」である。ところが純正な生クリームは足が早いという。1~2日という。純正なものしか使いたくない。ならば1日で設定しなければならない。
「外販はもちろんテイクアウトもダメだな。店内お召し上がりのみの提供にしたらどうか。朝作ったものをその日に売り切る。なくなれば終わり。余れば家族で食べる。お父さんが毎日食べても大丈夫なものを作る」
完全な時代逆行だが、逆張りという言葉もある。

どのようなものが出来るだろう。1年後に店に出せるだろうか?
  (8月15日記。終戦記念日、聖母の被昇天、良子5年)

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